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秋田地方裁判所大館支部 平成10年(ワ)45号 判決 2000年7月18日

原告

小笠原祥子

野呂美千代

北嶋マキ子

原告ら訴訟代理人弁護士

伊藤治兵衛

川田繁幸

被告

社会福祉法人小坂ふくし会

右代表者理事

柏葉修道

右被告訴訟代理人弁護士

廣嶋清則

主文

一  被告は原告小笠原祥子に対し,金192万0299円及び

1  内金5万5892円に対する平成10年1月22日から,

2  内金5万5892円に対する同年2月22日から,

3  内金5万5892円に対する同年3月22日から,

4  内金2万2357円に対する同年4月1日から,

5  内金5万6052円に対する同年4月22日から,

6  内金5万6052円に対する同年5月22日から,

7  内金5万6052円に対する同年6月22日から,

8  内金12万3316円に対する同年7月1日から,

9  内金5万6052円に対する同年7月22日から,

10  内金5万6052円に対する同年8月22日から,

11  内金5万6052円に対する同年9月22日から,

12  内金5万6052円に対する同年10月22日から,

13  内金5万6052円に対する同年11月22日から,

14  内金5万6052円に対する同年12月22日から,

15  内金14万5736円に対する同年12月11日から,

16  内金5万6612円に対する平成11年1月22日から,

17  内金5万6612円に対する同年2月22日から,

18  内金5万6612円に対する同年3月22日から,

19  内金2万5476円に対する同年4月1日から,

20  内金5万6612円に対する同年4月22日から,

21  内金5万6612円に対する同年5月22日から,

22  内金5万6612円に対する同年6月22日から,

23  内金12万4548円に対する同年7月1日から,

24  内金5万6612円に対する同年7月22日から,

25  内金5万6612円に対する同年8月22日から,

26  内金5万6612円に対する同年9月22日から,

27  内金5万6612円に対する同年10月22日から,

28  内金5万6612円に対する同年11月22日から,

29  内金5万6612円に対する同年12月22日から,

30  内金12万7378円に対する同年12月11日から,

各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告野呂美千代に対し,金216万0074円及び

1  内金6万1380円に対する平成10年1月22日から,

2  内金6万1380円に対する同年2月22日から,

3  内金6万1380円に対する同年3月22日から,

4  内金2万4552円に対する同年4月1日から,

5  内金6万1652円に対する同年4月22日から,

6  内金6万1652円に対する同年5月22日から,

7  内金6万1652円に対する同年6月22日から,

8  内金13万5636円に対する同年7月1日から,

9  内金6万1652円に対する同年7月22日から,

10  内金6万1652円に対する同年8月22日から,

11  内金6万1652円に対する同年9月22日から,

12  内金6万7252円に対する同年10月22日から,

13  内金6万7252円に対する同年11月22日から,

14  内金6万7252円に対する同年12月22日から,

15  内金17万4856円に対する同年12月11日から,

16  内金6万1652円に対する平成11年1月22日から,

17  内金6万1652円に対する同年2月22日から,

18  内金6万1652円に対する同年3月22日から,

19  内金2万7744円に対する同年4月1日から,

20  内金6万1652円に対する同年4月22日から,

21  内金6万1652円に対する同年5月22日から,

22  内金6万1652円に対する同年6月22日から,

23  内金13万5636円に対する同年7月1日から,

24  内金6万1652円に対する同年7月22日から,

25  内金6万1652円に対する同年8月22日から,

26  内金6万1652円に対する同年9月22日から,

27  内金6万6852円に対する同年10月22日から,

28  内金6万6852円に対する同年11月22日から,

29  内金6万6852円に対する同年12月22日から,

30  内金15万0418円に対する同年12月11日から,

各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  被告は原告北嶋マキ子に対し,金133万5733円及び

1  内金3万3936円に対する平成10年1月22日から,

2  内金3万3936円に対する同年2月22日から,

3  内金3万3936円に対する同年3月22日から,

4  内金1万3575円に対する同年4月1日から,

5  内金3万4496円に対する同年4月22日から,

6  内金3万4496円に対する同年5月22日から,

7  内金3万9536円に対する同年6月22日から,

8  内金8万6978円に対する同年7月1日から,

9  内金3万9536円に対する同年7月22日から,

10  内金3万9536円に対する同年8月22日から,

11  内金3万9536円に対する同年9月22日から,

12  内金3万9536円に対する同年10月22日から,

13  内金3万9536円に対する同年11月22日から,

14  内金3万9536円に対する同年12月22日から,

15  内金10万2793円に対する同年12月11日から,

16  内金3万7184円に対する平成11年1月22日から,

17  内金3万7184円に対する同年2月22日から,

18  内金3万7184円に対する同年3月22日から,

19  内金1万6733円に対する同年4月1日から,

20  内金3万7184円に対する同年4月22日から,

21  内金3万7184円に対する同年5月22日から,

22  内金4万2112円に対する同年6月22日から,

23  内金9万2646円に対する同年7月1日から,

24  内金4万2112円に対する同年7月22日から,

25  内金4万2112円に対する同年8月22日から,

26  内金4万2112円に対する同年9月22日から,

27  内金4万2112円に対する同年10月22日から,

28  内金4万2112円に対する同年11月22日から,

29  内金4万2112円に対する同年12月22日から,

30  内金9万4752円に対する同年12月11日から,

各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

四  被告は各原告に対し,各金10万円及びこれに対する平成10年6月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

五  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は被告の負担とする。

七  この判決は,第一項ないし第四項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一ないし三 主文に同じ

四 被告は各原告に対し,各金20万円及びこれに対する平成10年6月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要及び争いのない事実

一  事案の概要

本件は,被告が原告らの賃金の引下げ及び主任看護婦から看護婦への降職の各処分が無効であることを理由に,原告らが被告に対し,差額の賃金等の支払を求め,また,被告の不当な降職処分,賃金引下げ及び不誠実な団体交渉の対応により精神的な損害を被ったとしてその慰謝料の支払を求めたものである。

二  争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実

1  当事者

(一) 被告は,昭和61年5月14日設立され,第1種社会福祉事業,特別養護老人ホームサンホーム大石平(以下「サンホーム大石平」という。)の設置経営,第2種社会福祉事業,老人デイサービス事業,老人短期入所事業の運営を目的とする社会福祉法人である。

(二) 原告小笠原祥子(以下「原告小笠原」という。)は,昭和63年10月11日に被告の職員に採用となり(1級12号),サンホーム大石平に勤務した(<証拠略>)。同人の昇級,昇格の経緯は次のとおりである。

昭和63年10月11日 1級12号 13万4600円(<証拠略>)

平成元年7月1日 2級5号 14万7500円(<証拠略>)

平成2年7月1日 2級6号 15万8700円(<証拠略>)

平成3年7月1日 主任看護婦 3級5号 18万3200円(<証拠略>)

平成4年7月1日 3級6号 20万0400円(<証拠略>)

平成5年1月1日 3級7号 20万7600円(<証拠略>)

平成6年1月1日 3級8号 22万2100円(<証拠略>)

平成7年1月1日 3級9号 23万3200円(<証拠略>)

平成8年1月1日 3級10号 24万5700円(<証拠略>)

平成9年1月1日 3級11号 25万1900円(<証拠略>)

平成9年1月28日 3級11号 25万5600円(<証拠略>)

(三) 原告野呂美千代(以下「原告野呂」という。)は,昭和63年11月1日に被告の職員に採用となり(2級5号),サンホーム大石平に勤務した(<証拠略>)。同人の昇級,昇格の経緯は次のとおりである。

昭和63年11月1日 2級5号 14万3900円(<証拠略>)

平成2年1月1日 2級6号 15万2900円(<証拠略>)

平成2年10月1日 2級7号 16万4200円(<証拠略>)

平成3年10月1日 主任看護婦 3級6号 19万0700円(<証拠略>)

平成4年10月1日 3級7号 20万7600円(<証拠略>)

平成5年10月1日 3級8号 22万2100円(<証拠略>)

平成6年10月1日 3級9号 23万3200円(<証拠略>)

平成7年10月1日 3級10号 24万2600円(<証拠略>)

平成8年10月1日 3級11号 25万1900円(<証拠略>)

平成9年10月1日 3級12号 26万1400円(<証拠略>)

平成10年3月26日 3級12号 26万4900円(<証拠略>)

(四) 原告北嶋マキ子(以下「原告北嶋」という。)は,昭和62年4月1日に被告の職員に採用となり(1級11号),サンホーム大石平に勤務した(<証拠略>)。原告北嶋は,昭和63年11月30日に退職し(<証拠略>),平成6年4月1日に,再び臨時職員として被告に採用となり(<証拠略>),同年6月1日には,被告の職員として採用となった(2級7号,<証拠略>)。同人の昇級の経緯は次のとおりである。

昭和62年4月1日 1級11号 12万9700円(<証拠略>)

昭和63年4月1日 1級12号 13万4600円(<証拠略>)

昭和63年11月30日 退職 (<証拠略>)

平成6年4月1日 臨時職員 日額 7500円(<証拠略>)

平成6年6月1日 2級7号 19万3400円(<証拠略>)

平成7年6月1日 2級8号 20万0700円(<証拠略>)

平成8年6月1日 2級9号 20万7700円(<証拠略>)

平成9年6月1日 2級10号 21万5100円(<証拠略>)

2  被告の処分

被告は,平成10年1月1日付けで,原告らに対し次の各辞令を交付した(後に昇給したものも含む。)。

(一) 原告小笠原について

主任看護婦から看護婦へ変更し,賃金についても3級11号(25万5600円)から2級9号(21万3400円)に変更した(<証拠略>)。

(二) 原告野呂について

主任看護婦から看護婦へ変更し,賃金についても3級12号(26万4900円)から2級8号(20万8500円)に変更した(<証拠略>)。

(三) 原告北嶋について

賃金につき,2級10号(21万5100円)から1級14号(18万7600円)に変更した(<証拠略>)。

なお,被告が原告らに右辞令を交付する際に,原告らの同意を得ることはなかった。

第三主な争点

一  被告が平成10年1月1日付けで行った原告らに対する処分(以下「本件処分」という。)の有効性

1  被告の主張

(一) 本件処分は,減給,降職処分ではなく,誤った措置を是正したものにすぎない。

被告の職員に支給される賃金については,就業規則(<証拠略>)の31条により委ねられている給与規程(<証拠略>)によれば,理事長は給与規程の給料表に従い職員に給料を支給しなければならないとされている(給与規程4条3項)。原告らは給料表のうち一般職給料表の適用を受ける。また,初任給についても給与規程の別表第4の基準に従った適用を受ける。原告らの初任給及びその後の昇給は右基準によるべきところ,以下に示すように,実際にはこれに大きく反した取り扱いとなっていた。

(1) 原告小笠原について

原告小笠原は,高校卒業後3年間大学医学部の附属高等看護学校に学び,卒業後,正看護婦の免許を受けているため,給与規程別表4の初任給基準表の短大卒に準じた扱いを受け,給料表の1級4号に該当する。ところが,同人の初任給は1級12号を与えられた。

原告小笠原が被告に職員として採用されたのは昭和63年10月11日であるが,本来,1年後に昇格すべきところ,9か月後である平成元年7月に2級に昇格した。それも,昇格する場合には,昇格の日の前日に受けていた給料月額に最も近い上位の額の号給とすることが原則となっている(給与規程4条5項)から,本来,2級4号となるべきはずが,原告小笠原の場合は2級5号となった。

さらに,原告小笠原は,平成2年7月に2級6号となった後,平成3年7月1日に「主任看護婦」という誤った職名を与えられ,それに伴って3級5号に昇格した。仮に2級6号が正当なものとして,これから昇格する場合には給与規程4条5項により,本来は3級4号となるはずであるが,ここでも原告小笠原は誤った昇格の仕方をした。

また,原告小笠原は平成4年7月に3級6号になったが,そのわずか半年後である平成5年1月に3級7号になった。これも誤った取り扱いである。

その後,原告小笠原は,毎年1月に昇給していき,平成9年1月1日には3級11号に達した。しかし,誤った昇格,昇給が行われてきたということで,平成10年1月1日に是正がされ,2級9号とされた。もっとも,この是正の仕方も誤っており,本来は2級5号とされるべきである。

(2) 原告野呂について

原告野呂は,昭和63年11月1日に被告に採用され,2級5号給を与えられた。しかし,同人は中学校卒業後,2年間,医師会立准看護婦学校に学び,昭和44年4月に准看護婦の免許を取得しているので,給与規程別表4の初任給基準の高校卒に準じる扱い(1級3号)を受けるところ,昭和45年4月から昭和63年まで18年7か月間,医院に勤務しているので,経験年数換算4年が加わり1級7号となるべきはずである。ところが,右のとおり採用時いきなり2級5号となった。

また,原告野呂は,平成2年1月に2級6号に昇給し,9か月後の同年10月には2級7号に昇給した。この短期間の昇給も誤りである。

原告野呂は,平成3年10月1日に,主任看護婦という誤った職名を与えられ,それに伴って3級6号に昇格した。仮に2級7号が正当なものとしても,それから昇格する場合は,給与規程によれば,3級5号となるべきであるが,原告野呂はここでも誤った扱いを受け,3級6号となった。

その後,原告野呂は,毎年10月に昇給し,平成9年10月には3級12号に達した。しかし,誤った昇格,昇給が行われたということで,平成10年1月に是正され,2級8号とされたのである。

(3) 原告北嶋について

原告北嶋は,中学卒業後2年間,看護学校に学び,昭和43年6月に准看護婦免許を取得し,昭和62年4月に被告に採用され,その際,1級11号給と定められた。しかし,本来は,高校卒業に準じ,1級3号となり,これにそれ以前の8年10か月間の病院等勤務による初任給換算で3号加わり1級6号給と定められるべきものであった。

原告北嶋は,昭和63年4月に1級12号に昇給し,同年11月に被告を退職した。

その後,原告北嶋は,平成6年6月に再び被告に採用され,2級7号給を与えられた。しかし,本来,第1回目の採用時の正規の給料を前提とすべきであり,それによれば,昭和63年4月に1級7号となり,その後,6か月間被告に勤務して退職し,2年4か月間役場に勤務し,さらに1年3か月他の社会福祉施設に勤務しているので,これらを給与規程別表4の基準に基づいた経験年数の換算をすると,1回目の退職時の1級7号に2号加わり,1級9号となるはずである。しかし,原告北嶋は2回目の採用の際に2級7号を与えられた。

原告北嶋は,それ以降,毎年6月に1号給ずつ昇給し,平成9年6月には2級10号に達した。しかし,誤った昇給がされたということで,平成10年1月に1級14号給に是正された。もっとも,この是正の仕方も誤っており,被告では,1級12号から昇給する場合には2級4号となる取り扱いであり,本来2級4号となるべきものである。

(二) 社会福祉施設に主任看護婦という職種は存在しない。厚生省からの自治体への指導方の通達文書(<証拠略>)にも,主任寮母のみ記載されており,主任看護婦の記載はない。また,原告小笠原が主任看護婦とされたのは平成3年7月1日,原告野呂の場合は同年10月1日であるが,平成3年当時,被告には看護婦がこの2名しかおらず,その2名が主任となることは,部下のいない主任を認めることになり,明らかに誤っている。

(三) 被告では誤った賃金計算のため,本来あるべき号級よりも高い賃金を受けている者がいるが,他の者のそれは1ないし3号給の範囲内であるのに対し,原告らのそれは7ないし9号給に達していて,突出して高くなっていた。社会福祉施設に対しては,職員待遇の公正化,特に賃金について公平妥当な水準の確保を周知徹底するよう都道府県知事あて厚生省からの通達(<証拠略>)があり,原告らの公平でない給料額は当然是正されるべきである。

また,平成12年4月からの介護保険法の施行に伴い,被告は大幅な減収が予想され,人件費の比率が高い被告においては,賃金の是正が急務であった。

2  原告らの反論

原告らと被告とは,辞令のつど,賃金に関する労働契約の合意がされていたということができる。

そして,被告が(ママ)原告らの賃金の号級が誤りであり,本件処分はその是正措置にすぎず,有効であると主張するが,以下に述べるとおり,原告らの採用当時の状況及びその後の労働実態を正確に把握しておらず,給与規程の適用条項も誤っており,本件処分は無効である。

(一) 原告らが採用される当時,医療現場に勤務している看護婦は,勤務先の状況によるものの,一般的にいえば,社会福祉法人施設で稼働する場合に比較して賃金は高く,社会福祉施設に就職するとなれば,賃金の減少をある程度覚悟しなければならない状況であった。

(二) 看護婦にとって,社会福祉法人に勤務することは,臨床の現場を離れることとなるのであって,そのことに対する逡巡がある。

(三) 労働の程度という点を比較しても,社会福祉法人と病院等では,前者の点がきついと考えられる。

(四) 右のような理由で,一般に看護婦の社会福祉法人への就職応募は少ないが,被告の場合も応募者が少なかったのであり,被告法人の管理者はかような状況をふまえたうえで,原告らに就労を求め,賃金の決定を行ったものである。

(五) 給与規程5条2項には,初任給につき,「前項の規定により難いときは経験年数,学歴,技術等を考慮して理事長が別に定める。」と規定されているし,昇給のあり方についても,同規定6条2項において,「職員の勤務成績が良好である場合においては,前項の規定にかかわらず,前項に定める期間を短縮し,若しくはその現に受けている号級より2号級上位の号級まで昇給させ,又はそのいずれをも併せて行うことができる。」,同条3項但書では,「但し,これらの給料月額を受けている職員で,…勤務成績が特に良好である者等については,その職員の属する職務の級における給料の幅の最高額を超えて昇給させることができる。」と規定されているのであって,原告らに対して取られた昇給の措置も何ら誤りであるとはいえない。

(六) 主任看護婦の資格については,被告と類似の社会福祉法人においても,「主任」職は設けられているし,給与規程4条2項には,「職員の職務は,その複雑,困難及び責任の度に基づきこれを給料表に定める職務の級に分類するものとする。」とされているのであるが,右条項によれば,職員の賃金を定めるという観点から,被告の裁量により職員の職務が定められると解されるところであり,主任職を定めたことは何ら誤りとはいえない。

二  慰謝料請求について

1  原告らの主張

(一) 被告の本件処分は一方的に実施されたものであり,承服し難いものであったので,原告らは,日本労働組合総連合秋田県連合会傘下の労働組合である「おおだてユニオン」(以下「組合」という。)に加入し,本件処分の是正を求めるため同組合から団体交渉の申入れをした。

(二) 平成10年2月19日,第1回目の団体交渉が持たれたが,被告からは理事者が1人も出席せず,組合からの質問に回答ができる状態ではなかった。

(三) 組合は,第1回目の団体交渉終了後,同月23日に再度交渉したい旨を申し入れ,右同日組合の役員が被告に赴いたが,被告の関係者との話し合いは全く行われなかった。

(四) 組合は,同年3月2日,再び団体交渉を申し入れ,同月5日,被告の理事が初めて出席して交渉が行われたのであるが,被告の代表者らは,原告らの賃金切り下げは是正措置にすぎないなどと述べ,被告の経理内容を具体的に開示することなどまったくしなかった。

(五) 同年4月11日,5月9日にも団体交渉が持たれたのであるが,被告の代表者らは右と同様の態度に終始した。

(六) (一)ないし(五)の経過をみると,被告は団体交渉にあたって不誠実な態度に終始したと言わざるを得ない。

(七) 原告らは,被告による不当な降職処分,一方的な賃金切り下げ,また,不誠実な団体交渉により著しい精神的損害を受けたものであり,これを慰謝するには各原告につき20万円を下回ることはない。

2  被告の反論

(一) 本件処分が一方的に行われたものではない。

(二) 理事が1人も出席しなかったことは事実だが,それは3日前に団体交渉の申入れをされ,理事の都合がつかなかったからである。

(三) 2月23日の団体交渉には被告側から理事長及び理事長職務代理理事が出席し,話し合いが行われた。

(四) 3月5日の団体交渉で初めて理事が出席したのではない。

(五) 4月11日及び5月9日の団体交渉では,原告らから示された文書に対する回答など実質的な話し合いが行われた。

第四争点に対する判断

一  争点一について

前記争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実によれば,被告と原告らとの間には,前記記載のとおり,原告小笠原については昭和63年10月11日,原告野呂については昭和63年11月1日,原告北嶋については平成6年6月1日(但し二度目の採用時)にそれぞれ雇傭契約が締結されたこと,その後,昇給,昇格が行われたが,その際,施設長が理事長に辞令の交付の決済を受け,昇給・昇格の辞令の交付を行っていることが認められる。そうすると,労働契約のうち,賃金額の合意については,それぞれ辞令が交付された際に締結されたということができる。

被告は,原告らの前記各昇給・昇格による賃金は,給与規程に基づかないもので誤ったものであり,本件処分は誤りの是正にすきず,有効であると主張するので,以下,原告らの昇給・昇格が誤ったものであるかどうかにつき検討する。

1  原告らの採用の経緯

証拠によれば,次の事実が認められる。

(一) 被告は,昭和62年4月にサンホーム大石平を開設するにあたり,昭和61年12月10日付け小坂町発行の「広報こさか」誌上に,職員の公募を行ったが,その際,看護婦も2名募集した(<証拠略>)。しかし,看護婦は,畠山利智子(以下「畠山」という。)という女性1名のみしか応募がなかった(<証拠略>)。その当時は看護婦不足という状況で,看護婦を確保するために他から引き抜く必要があり(<証拠略>),当時の被告の理事長であった瀬川浩がその個人的な知り合いであった原告北嶋を直接,説得して,サンホーム大石平に来てもらうことになった。原告北嶋は昭和43年に准看学校を卒業し,昭和45年からは大館市の石田病院に勤務していた。瀬川は,「どうしても正看が見つからなくて,県から准看でもいいという許可をもらった。」と原告北嶋に依頼した(<証拠略>)。施設長であった秋本久男(以下「秋本」という。)は,当時,看護婦不足ということで賃金について公務員に準じると話したが,給与規程別表4では初任給の経験年数による加算を加えたとしても公務員の場合と比して均衡を失すると考え,当時の理事長とも相談のうえ,原告北嶋の初任給を1級11号とした(<証拠略>)。

(二) 翌昭和63年7月に原告北嶋と畠山が退職したい旨の申入れをしたため,被告の施設長秋本は急遽,理事長に報告のうえ,町役場,保健所,職業安定所,ナースバンク,鉱山病院等に依頼して代わりの看護婦の調達に努めた。その結果,昭和63年10月ころ,町役場の保健婦を通じて原告小笠原を紹介され,秋本は,原告小笠原の自宅に赴いて,「看護婦を探しているが見つからずに困っている。何とか来てほしい。」と依頼した(<証拠略>)。

原告小笠原は,昭和46年3月に高等看護学校を卒業し,同年4月から神奈川県立こども医療センターに勤務し,昭和49年に神奈川県立成人病センターに移り,昭和52年4月に一旦休職の後,同年8月から54年6月まで大館市立病院に勤務した。原告小笠原の場合,給与規程の別表4では短大卒業に準じて1級4号とされるものではあるが,原告小笠原の前記実務経験,看護婦不足の状況にあったこと,原告小笠原が正看であること,採用の際に公務員に準じるという話しをしたこと,原告小笠原は原告北嶋より年上であったことなどの事情を考慮して,1級12号で採用することになった(<証拠略>)。

(三) 前記のように被告では,原告北嶋及び畠山の退職による代替要因の調達のため関係機関に看護婦の紹介を依頼していたが,昭和63年7月ころ,町役場の保健婦を通じて原告野呂の紹介を受けた。秋本は原告野呂宅に電話をし,サンホーム大石平で勤務してもらえないかとの勧誘を行い,原告野呂は,サンホーム大石平の施設を見学してから,同所に勤務することを決めた。原告野呂は,昭和39年に埼玉県の開業個人病院に就職し,昭和44年4月に准看護婦学校を卒業し,昭和45年3月に前記埼玉県の個人病院を退職し,同年4月から昭和63年10月まで鹿角市の個人病院に勤務した。原告野呂の場合,給与規程別表4によれば,1級7号とされるものではあったが,原告野呂の実務経験が原告小笠原よりも長いこと,公務員に準じるという話しをしたことなどの事情を考慮して,2級5号で採用することとなった(<証拠略>)。

(四) 平成6年3月ころ,被告では,看護婦は常時最低1名は置かなければならず,2名では有給休暇も取りづらいし,研修に積極的に出すようにとの厚生省からの指導にも従えない状態であったことから,看護婦を1名増員することにしたところ,以前勤務していた原告北嶋が他の福祉施設に勤務しているという話しがあったので,施設長の秋本が原告北嶋宅に電話及び実際に赴くなどして,「サンホーム大石平の看護婦の仕事がたいへんなのはわかっているだろう。1人増やしたいから来てくれないか。」と勧誘し,原告北嶋もこれに応じた(<証拠略>)。

(一)ないし(四)の事実によると,被告が原告らを採用する際に,看護婦不足,公務員との比較,看護婦代替要員配備が至急必要であったことなどの諸事情により,看護婦採用には給与面で優遇することが不可欠であったという事情が窺われる。そして,被告の給与規程によれば,初任給は同規程別表4に基づくものの(5条1項),これにより難いときは,経験年数,学歴,技術等を考慮して理事長が別に定めることができる旨の裁量条項が規定されている(5条2項)。以上によれば,原告らの初任給(原告北嶋の二度目の採用時を含む。)を決める際に,被告理事長が給与規程5条2項に定められた裁量により,通常より高額に定めたということができ,また,前記認定事実からするとその措置は裁量権の範囲内の合理的事情に基づくものであると言える。したがって,これをもって,給与規程に反した誤った措置であるということはできない。

2  原告らの昇給・昇格について

証拠によれば,サンホーム大石平では,定員である50名のほかに,小坂町からの委託事業である短期入所の収容者が多いときで10名程度入っていたこと(<証拠略>),看護婦は夜間の呼出しのほか,施設からの電話連絡による相談も相当回数あったこと,50名の定員につき厚生省の通達は看護婦が2名となっている(<証拠略>)が,これは,最低限の基準であり(<証拠略>),決して多い人数ではなかったことが認められる。さらに,看護婦不足の状況下において看護婦を確保するためには,初任給において優遇するほか,昇給・昇格においても優遇する措置をとる必要があったであろうことは容易に推認できるところである。そして,給与規程6条2項及び3項但書では,勤務成績が良好な場合には例外的措置をすることができる旨の記載があるし,昇格の場合についても同規程4条5項によれば,「昇格の日の前日に受けていた給料月額に最も近い上位の額の号給とすることを原則とする」旨を定めており,例外的な扱いを排除していない。以上によれば,原告らの昇給が短期間であること,昇格による号給が高くなっていることが誤りであると断定することはできないというべきである。

3  主任看護婦という職種について

被告は,社会福祉法人には主任看護婦という職種は存在しないと主張する。しかし,証拠によれば,社会福祉法人花輪ふくし会(<証拠略>)及び峰山荘(<証拠略>)には主任看護婦なる職種が存在したことが認められるし,厚生省の通達(<証拠略>)に主任看護婦なる職種が記載されていないことについても,同通達上の職種が限定列挙であり,他の職種を排除する趣旨であるとまでは断定できない。また,主任という名称は役職名であり,部下職員がいるかどうかは無関係である。

そして,被告の場合,主任という職種でないと3級には上がれないという規定となっていること(<証拠略>),病院と比較して看護婦の賃金が低いが,一気に上げることもできないという事情を考慮して,原告小笠原及び野呂に主任看護婦という職種を与えたことが認められる(<証拠略>)。

したがって,被告が主任看護婦という職種を設けて,原告小笠原及び野呂をこれにあてたことは何ら誤りということはできない。

以上検討してきたところによると,原告らの昇給・昇格が給与規程に基づかないもので誤ったものであるとの被告の主張は理由がない。

前記のように,被告と原告らは各辞令の交付によって,賃金についての労働契約が合意されていた。労働契約において賃金は最も重要な労働条件としての契約要素であるから,これを従業員の同意を得ることなく一方的に不利益に変更することはできないというべきである。本件処分は,原告らの同意を得ないで敢行されたことは争いがなく,たとえ,被告が主張するように,被告法人における人件費が大きく,介護保険法の施行にあたり大幅な減収が見込まれたとしても,一方的な減給処分は無効である。降格についても,これに減給が伴うものであるから,これまた,一方的な降格処分は無効である。

したがって,被告は原告らに,本件処分がないことを前提とした賃金,賞与(ボーナス及び期末手当)及び特殊業務手当(給与規程14条に規定され,本件処分後も各原告に対して支給されている。)を支払う義務があり,現実に支給された額との差額は,別表<略>1ないし3のとおりである。

二  争点二について

1  証拠によれば,次の事実が認められる。

(一) 平成9年11月18日,川口一理事長職務代理から,原告小笠原に対し,理事長の代弁として,「今,経営の見直しをしている。その中で人件費のしめる割合が高い。中でも特に看護婦の給料が高いので給料を下げる。主任も取り下げる。看護婦が定員2人なのに3人いる。主任も2人いる。」との申入れがされ,原告小笠原は,家族と相談する旨述べて返答を留保した。その後,同月25日,原告小笠原は受諾し難い旨を伝えたところ,川口は「介護保険制度に向けて経営の見直しをしている。これからは競争になる。看護婦の給料が県内で一番高い。こちらの意思を酌んで協力してほしい。」と再度申し入れてきた。しかし原告小笠原は同年12月2日ころ最終的に受諾できない旨を伝えた(<証拠略>)。

(二) 原告野呂に対しても川口は,同年11月上旬ころ,「介護保険に向けて給料の見直しをしている。学歴を見せてもらったら,あなたは准看だから高卒とみなし,給料を下げる。」と申し入れた。原告野呂はその場での返答は避けたが,同月下旬,受諾できない旨の回答をしたところ,川口は「現在看護婦は3人いるが,この話しを理解してもらわなければ,将来リストラもあるでしょう」などと話した(<証拠略>)。

(三) 川口は,同年11月ころ,原告北嶋に対し,看護婦の給料が高いので一般職として扱う,出戻りなのに給料が高いなどと話した。原告北嶋も後日,受諾できない旨を回答した(<証拠略>)。

(四) 同年12月4日,臨時職員会議が招集され,本田裕子寮母主任から,人件費が7割を占めていること,施設が10年目に入り設備機械などの修理費がかかるなどという説明の後,一部の職員の昇給が早く,給料が高い,そのため他の職種の人件費を喰っており他の職員が昇給できないでいる,是正する必要があるから賛否を問うとの話しがあり,全員に目をつぶらせ,一部是正に賛成の者の挙手を求めた。その結果,挙手しなかったのは原告ら3名のみで,他の18名は全員挙手をした(<証拠略>)。

(五) 同年12月16日,原告らは,横田裕事務主任から封印した辞令の交付を受けたが,その内容は原告らの賃金の引下げ及び原告小笠原と野呂につき主任の肩書をはずすという本件処分の内容であった(<証拠略>)。

(六) 平成10年2月16日,原告らは,組合に加入し,その旨を被告に通知するとともに,組合の執行委員長の名前で,団体交渉の申入れをした(<証拠略>)。

同年2月19日,第1回の団体交渉が行われたが,被告側は理事の出席はなく,本田,横田,工藤幸子栄養士主任が出席し,理事長から一任された,現状のままでは人件費が高くなり,施設の運営が困難になるので人件費を切り下げた旨の説明を行ったが,組合側は当事者能力のある理事の出席を求めその場で2月23日の団体交渉を申し入れた(<証拠略>)。

同月23日,組合側が団体交渉の場であるサンホーム大石平に赴いたところ,被告側からの団体交渉の延期の申入れとすれ違いとなり,結果として,組合側は門前払いとなった(<証拠略>)。

同日,組合側は,小坂町役場に赴き,川口町長らに対し,労働条件の一方的切り下げ等が行われているので指導改善するように申し入れたところ,町長は改善の指導をする旨の回答をした(<証拠略>)。

被告理事長は同年2月27日,小坂町長に一任する旨の通知を組合に送付してきたが,組合側は,同年3月2日,団体交渉は当事者どうしが行うものであることなどを理由にこれを拒否し,同月5日に再度団体交渉するとの申入れをした(<証拠略>)。

同年3月5日の団体交渉には,被告側から時永達男理事長,川口が出席した。組合側から,<1>労働組合に対する今日までの対応に対する説明と謝罪,<2>労働者の賃金を一方的に切り下げた法的根拠,<3>主任からの降格の理由,<4>経営悪化の具体的な理由,<5>原告3名に対する謝罪を求めた。これに対し,理事者側は,団体交渉に出席しなかったことについては,労働問題に疎くて知らなかった,知らないことには謝罪できないとし,<2>については,人件費が高くなり施設の運営が困難になるので是正したとし,<3>については,3人しかいない看護婦に主任はいらないとする回答を行った(<証拠略>)。

同年3月14日に団体交渉がもたれ,被告側から時永理事長,川口,本田,横田が出席した。被告側から,1回,2回の団体交渉は日時,場所設定が組合が一方的に決めたことであり,謝罪する意思はない,3名の賃金切り下げは是正と考えてほしい,理事会開催後に回答する,主任からの降格についても理事会開催後に回答する,謝罪については何に対して誰に謝罪するのか内容を確認させてほしいとの回答があった(<証拠略>)。

同年4月11日に団体交渉がもたれ,被告側から時永理事長と本田和男新施設長が出席した。被告側は,採用時に間違っていたので是正したとの回答をした(<証拠略>)。

同年5月9日に団体交渉がもたれ,被告側から時永理事長と本田施設長が出席した。組合側から,賃下げと主任の降格を取り消すように求めたが,被告側は,給与規程4条1項,2項,5条に照らして賃金を是正したものである,近隣の類似施設でも同様のことを行っているので,取り消す意思はないとの回答であった。そこで組合側は団体交渉を継続しても前進はないと判断し,理事者側に第三者に判断をゆだねることを通告して団体交渉を打ち切った(<証拠略>)。

2  他方,証拠によれば,被告は,介護保険法の施行に伴い,かなりの減収が生じる可能性があることが認められる(<証拠・人証略>によれば,1702万円から2292万円の収入減が生じるとしている。この数字の正確性についてはともかく,相当な減収となることは推認できる。)し,施設設備の改修に相当な費用がかかることが認められる(<証拠略>)のであって,被告側の賃金引下げの必要性については,一応首肯し得る事情もある。

3  右1及び2において認定した事情を総合すると,団体交渉については,全体的にみて,被告側に不誠実と評する態度があったとまでは言い切れないし,また,賃金引下げの必要性も一応は首肯し得るのであるが,これらのことを考慮しても,被告が賃金という労働契約の最も重要な内容を一方的に減額したことは不法行為に当たり,これにより,原告らが多大な精神的損害を余儀なくされたということは否定できず,これを慰謝するために,被告に対し各原告につき10万円を支払わせるのが相当である。

第五結論

以上によれば,原告らの請求のうち,差額の賃金等を求める部分は全部理由があり,また,慰謝料を求める部分は一部理由があるので,これらを認容し,慰謝料のその余の部分については理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成12年4月11日)

(裁判官 澤野芳夫)

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